僕にとってのRADWIMPSは。

僕にとってRADWIMPSとは、僕の感性を構築した、流れる血に迸る1つの魂です。

僕の感性に対する考えは、1つに影響されれば、必ずその劣化にしかならない、と思って止みません。

他にも、バンドならamazarashiやバックホーン、pillowsにBUMPも僕の血肉になっているはずです。

僕は沢山のヒーローと出会いたいと常々感じています。

他畑の人間関係を誰よりも多く構築したいし、大事にしたいし、誰も掛け合わせたことのない影響を紙の上にぶつけたいのです。

コマの世界で躍動させたいのです。

その点、18fesの参加者はあらゆる分野の卵がいて、とても仲良くしたいし、気になります。

そういう意味で、彼らは僕のヒーローの1人です。RADWIMPSとは僕にとって流れる血に迸る1つの魂です。

何かを作る人間として、同じ人間として、数年後、肩を並べる存在になる。

本気です。

彼らをCDで聴くたび、ライブを遠くから見るたび、このまま客として終われない、そう思うのです。

彼らを心から好きだからこそ、諦める気になれない。

何かを作る人間として、RADが好きだから、絶対彼らには追いつけないなんて、僕は失礼に思える。

追いつき、追い越して、彼らを感動させて、そのアンサーソングを歌ってもらいたい。

きっと幸せな時間だと、想像するに容易い。

ライブは圧巻で、大まかなセトリは千葉公演と変わらない。

半年前まで、どのアーティストさんのライブにも1度も行ったことがなかった。

CDで満足して、ライブは出費はあるし、なんていう曖昧な理由で足を運ぶことはなかった。

6月23日の千葉公演が人生初めてのライブ体験だった。

使い古したウォークマンに入れた音源で何度も聴いた思い出の曲の本物を感じた。

彼らは、今も闘っているんだと心を貫いた。

その魅惑の感動体験が、僕を他のライブにも足を向かわせた。

amazarashiとHalf-Lifeのライブで、ホールとライブハウスだった。

バンドによって、会場によって、見え方が違うくて、見せ方がバラバラで、ライブとは一括りに出来ないなぁ、とライブというものの上澄みを見て少し納得した。

ライブは4回目、RADのライブは2回目だけど、不思議と何度でも通いたくなる人がいる気持ちも分からなくもなかった。

誰かが、RADのライブは音のマッサージだと言った。

気持ちよく帰れるのだと。

想像もつかなかったが、今となっては頷かざるを得ない。

彼らは、彼らのスタイルを確立していて、ただ疾走感があるだけではなくて、1つの曲調しかないわけではなくて、君の名は。主題歌4曲のような爽やかな音の粒だけではなくて、ドロドロした事も歌って、それが、あまりに対極的だから、相乗効果で際立って爽やかに聴こえて、究極に闇を聴かせるのだろう。

何よりも人間性が魅力的で、誰も驕っていなくて、気の良い兄ちゃんたちで、ただただ音楽が好きなのだと伝わってくる音の形が、1リスナーとして快感である。

いつか、会おう。

元気でいてくれ。

ただ、それだけである。

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