47都道府県各地で手持ち花火をするヒッチハイク旅 5日目

5日目見聞録。

16台目 今治北IC

石鎚山SAから朝焼けを仰ぐ。

またも、SAの外に常設してあるベンチで目覚める。

髭剃ったり、歯磨いたり、200円のサンドウィッチ頬張って、いつものようにモーニングヒッチハイクを始める。

眼前の駐車場から、乗ってくかいの声が轟いた。

4名が乗車していた。

ドライバーさんのMは、娘さんの柔道部の遠征に関東までついていったという。

後部座席に座るHさんは、その柔道部の顧問の奥さんで、その幼い娘さん、生まれて1年経たない息子さんが乗車していた。

遠征も、残るは朝ごはんを食べて帰るのみだそうだが、先に4人は帰ることにしたとのこと。

僕は、昨日雨でずぶ濡れになったり、汗でびちゃびちゃになったり、とにかく汚物のような状態だと伝えて詫びた。

車の中は、後部座席にブランケットを敷いて、寝ることができるようにしていた。

僕も幼い頃、家族みんなで車を使った遠出をするとき、決まって敷いていた。

懐かしい郷愁の香りがした。

時間の尊さに少し涙ぐむ。

話はMさんのヒッチハイク経験の話になり、3歳で近所のおばあちゃん宅に向かうところ、知らない人が心配して連れて行ってくれたり、連れて行ってもらうように頼んだそうだ。

今のご時世、世のお母さん方はヒステリックに発狂ものだろう。

今治から隣の松山まで、高校生ヒッチハイカーを乗せた話もした。

バリィさんというマスコットの話も盛り上がった。

艦隊の様相をしたがま口財布を、腹巻きと化した今治タオルに突っ込んで、橋を頭に乗せたひよこだそうだ。

話はたけなわだったが、後部座席の3人のご自宅へ到着。

その駐車場で、ドライバーのMさんの車に乗り換えて、今治北ICまで乗せて行ってもらえるそうだ。

滅茶苦茶有り難い。

今治北ICまでは、下道で行く必要があるので、感謝でいっぱいだ。

そして、Hさんたちの荷物を降ろしたりしていると、シャワーを浴びて行くかと聞かれた。

いいのか驚いた僕に、かわいそうだから浴びて行きなさい、と言ってもらった。

ありがたく浴びた。

とても、助かった。

浴室から出ると、旅の疲れをとってくださいと、酵素をいただいた。

暑いからとアイスをもらった。

これで、文句なしの天国なのだが、Hさんは帰ってきたばかりで何もなくてごめんね、と言っていた。

めっちゃありますよ。

それから、僕はハイハイをする人類を初めて目の当たりにした。かわいい。

お礼を精一杯言って、Mさんと今治北ICに向かう。

酵素、アイス、シャワー、メンズ用使い捨てシャンプー享受した。

Mさんが、僕のことを乗せたいと寝ていたHさんに言って乗せてくださったそう。

本当にありがたい。

Hさんのお子さんがいい子で、いいご両親なんだろうな、と感じた。お幸せに暮らしてほしい。

時は流れ、今治北ICにたどり着いた。

側の公園の駐車場で、Mさんと少し話をした。

Hさんは、Mさんの次女さんが活動している部活の顧問の先生の奥さんなのだが、兼、コーチだそう。

Hさんは、とある柔道のアジア4位で、ご主人は日本1位になったことがあるほどだそう。

すごすぎる。

自分の経歴をひけらかさずに、ひたすらに優しく接してくださったHさん格好良すぎる。

Hさんと顧問であるHさんのご主人は、愛媛の子供に教えることがとても、とても楽しいそうで、家族同然で接しているようだ。

Mさんの娘さんは、2人の名前が独特だったり、長女さんはお笑い芸人になるそうだ。

実際に、いくらかお笑い芸人の方と会ったりしているそうで、ローカルとはいえ、大学1年生でFMのラジオパーソナリティもこなしているそう。

地元の公民館だったりで、子供達に理科の楽しさを伝えることもしているそうで、これからモンゴルに行って、現地の子供達に理科の楽しさを伝えに行くそうだ。すげぇ。

とても良くしてくださった方々だった。

ありがとう。

17台目 小谷SA

しまなみ海道を超えるべく、今治北ICでいつものをする。

全然拾ってもらえなくて、Mさんと話していた駐車場のある公園に市民の森という売店があった。

そこで、かき氷だったり、アイスクリンを食べた。

暑いから50円まけてもらったり、お菓子をくれたりした。最高のお店だった。

そんなこんなで、再開。乗せてもらった。

道が同じだから乗せてもらえた。

男性2人、女性1人が乗車していた。

来島海峡SAにお土産を買いに、お腹も満たすために入ることになった。

助手席に座っていたMNさんに奢ってもらえることになった。

MNさんと同じ海賊風焼きカレーをいただく。

話を聞いていると、3人は海上自衛官の方だそうで、最初はいい渋っていた。

理由を聞くと、自分から身分をいうのは恥ずかしいという、かっけぇ。

どうして海自になったのか経緯を聞いた。

ドライバーのHNさんは、ずっと岡山に住んでいて山育ちだったから、海への憧れがあったと言った。

MNさんは、大学に行って遊びたかったが、行くお金がなくて、国立しか行ったらダメだとなったが、国立も行けなくなって、防衛大学校に入ったそうだ。

THさんは、第1希望は新聞記者になりたかったそうで、滑り止めが海上自衛官だったという。

それでも、やりがいはみんな感じているようで、いつも違う仕事をするし、色んな場所に行けるから楽しい、とHNさんは言っていた。

SAでお土産をMNさんが選んでいると、HNさんがいなくなった。

探してもいない。

しばらく、みんなでしまなみ海峡を眺めていると、戻ってきて、ポケモンGOをしていたという。

海上自衛官もポケモンGOするんや。

MNさんは、24時間かけて、鹿児島から北海道までバスで行くことがあったらしい。

上としては、バスを一台貸し切って、詰め込む方が手間がないそうだ。

すげぇ、と僕が馬鹿みたいに唸っていると、その間、ずっとアニメ見ていたそうだ。

MNさんは、無類のアニメ好きらしい。

海上自衛官もアニメ好きなんや。

しまなみ海道を見て、何か紙の資料を見ながら、これがこうで、こうこうこうで、潮はこの流れか。

と言っていた。

車中で飛び交うワードも、みんな知っているけど、使う機会がない言葉ばかりだ。

海図を引くと言ったり、魚雷を装備して、レーダーを見て、甲板が、艦長がって、自然と専門用語を使うことが面白い。

途中、道を間違えて高速を降りてしまったそうで、改めて高速に上がってくださった。

その道中、対向車線の車がコンビニに入るべく、ふいに曲がって目の前を横切った。

途端、僕は走馬灯のようなものが見えた。

人生で最も死を感じた瞬間だった。

ドライバーのHNさんは、ハリウッドさながらのかわし方をして、いい思い出ができたね!なんてアメリカンなことを言っていた。

HNさんのいでだちは阿部寛、自称自由人でファンキーな方だった。

直前までシートベルトをしていなかった隣のTHさんに、シートベルトしてなかったら危なかったですね!なんて僕がいうと、大丈夫、大丈夫、といっていた。

海自の方、逞しすぎる。

本当に優しくて、優しくて、強い方たちなんだろうも感じた。

この日は2組だったが、滅茶苦茶濃い日だった。

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