世界一周論

世界一周は経験として必ずしておくべきだと確信しているが、生き方としては自分の目的に合ったものではないと感じる。

ましてや、人の優しさに甘えて旅をし続けることはまだしも、その先に何らかの形で恩を受けた方に還元することを考えない者は愚人と言わざるを得ないと考える。

旅をすることは視野が広がるとよく言うものだが、きっとそうだと思う。

だが、ここで2点注目しなければならない。

1つは、世界一周と同時に失っているものにも目を向けるべきである。

社会人としての経験、人間関係、そこから紡ぎ出される処世術。

その土地や会社やコミュニティに根を張ることによって見受けられる特色。

旅をしていては得ることができない経験や時間。

これらはどれも人間にとって、肝要な部分だと思い至る。

その肝要な部分を捨てたことを覚悟の上で、視野を広げて、様々な人と出会い、世界の友達という財産を蓄えることは、やはりかけがえのない経験でもあると感じる。

2つ目は、個人で完結するべきではないということ。

これは、支援や人の優しさに甘えて旅や目的を成すものは勿論何らかの形でその方々が喜ぶものを返すべきだ、といった価値観である。

なんなら、そこからまた返してもらって、こちらも返すといった、恩のキャッチボールを繰り返すことで信頼関係が構築できていると言えて行くのではなかろうか。

話は逸れたが、たとえ個人の力で富を蓄え、万全を期して向かって、誰の力も借りることなく成したとしよう。

それでも、その後は何かに還元することが、自他共に豊かになる道なのではないか。

創作活動に力を入れるも、研究に尽力するも、ビジネスに熱を帯びて行くのも、広がった視野で活動して行くことは無駄では決してないと信じてやまない。

きっと旅は、恩を受けた人ひとりひとりに対してはもちろんのこと、受けていない人にも何かお返しをするところまでが旅だと信じる。

行って終わりじゃない、それは片道だ。

行ってから恩を返す、筋を通す、これが往復だ。

恩を返し終えたのならば、きっとそれからが新たな旅である。

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