芽吹き出す自発性

受け身でい続けてると絶対に望む道へ進めないことが何となく肌でわかる感覚がある。

例えば、ヒッチハイクも日本横断も親は

『今、やる必要はないんじゃない?』

とおっしゃっていた。

その人足らしめる常套句を耳にするたびに、なら、いつやるんだよって毎度思うんだけど。

だから、強行に打って出て、それをお前は頑固だと笑われたり、ダメなところだと言われた。

何がいけないんだ?心配をかけるところ?自分の確信を持ってやるべきだと思ったことを曲げればいいのか?

その時、何軒もめげずに面接を受けてようやく受かったバーに行かなかったら、トリプルワークをやらなかったら、初めて1人で大阪から稚内へ行かなかったら、18fesに行かなかったら、横断をしなかったら、人に乗せてもらうことをしなかったら、きっと今の僕はいない。

1人で見た稚内からの海景色や、広大な宗谷岬を1人で走った時に感じたんだ、今まで味わったことのなかった無敵な感覚。最高の解放が五感を締め付けた。あの場にいた者は、僕とまばらにいた牛だけだった。

今も心に焼き付いている。

だから、半年で再訪したんだ。

やはりあれらの経験は金では買えないと思った。

実際、費用としていくらか必要だったが、今後は買えないのではないかという話だ。

これらの感覚は、全て受け身では来世を何度迎えても得られなかった経験だと確信している。

だから、もっと自発的に生きたいと思った。

そして、今は明確に家出をすると決めた。

また心配かけるかもな、昔から人を不安にさせることには長けていたしな。

後ろを見ながら走っていたら、停車中の車のヘッドライトに頭突きをして、僕の頭が血だらけになって、そのライトは粉々になった。

お父さんと、頭に包帯ぐるぐる巻きの僕が頭を下げに行った。

あとは、ようけ泣かされたな。

喧嘩なんて出来なくて、女の子からモテることもなくて、うだつが上がらない木偶の坊だった。

だけど、そんな僕が明確に家を出ると決意する程、外の世界への渇望がすげーんだよ。

このままじゃダメだと思うし、いたかないし、いるつもりもないし、1分1秒もったいなくて、道が見え始めたから、そこを走りたいんだ。

あなたたちから預かったんだ、ひたすらに鼓舞する心臓と、馬車馬のように走りたい2本の足をね。

それらから聞こえる前に進めのシュプレヒコールが今日も僕の夢の肴となって、僕は虎視眈々とエックスデイを笑んで睨んでいる。

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